Family Values : Part 1 (of 3)
大阪突撃



幹線に乗って大阪に行ってきました。日帰りで。
他のコーナーを更新するのがめんどくせえからそんなどうでもいい話でお茶を濁すのか!と言われると言葉もありません。だってめんどくせえんだもん。資料がどこにあるんだかサッパリわかんねえし。会社を辞めたら身の回りを整理しようと思いつつ、もう1か月が経過してますがオレの部屋は日に日に汚くなり、今ではまるでフィリピンのスモーキー・マウンテンのようです。いっそのこと火でも放てば、と思いますが、まァそれはこっちに置いといて。

バアのお見舞いに行ってこいという。オカンが。ババアというのはオカンのオカンで、オレはオカンの息子である。そしてオカンの息子であるところのオレは現在、絶賛失業中である。
そんなオレにとって、オカンの命令は絶対であった。情けないと言いたければそう言ってもらって構わん。だが会社を辞めて実家に居候しているというオレの苦境は理解してほしいじゃないの。そういうわけで日曜日の早朝、オレはオカンから支給された新幹線の切符(どうやら近所の金券屋で入手した模様)および日当(2000円)を鷲掴みにして死地に赴いた。徹夜明けであった。別に何をしてたわけでもないんだが。それでも完全に足に来ていた。箸が転がっても可笑しい年頃だった。しかし2000円て。会社だって2150円は出張手当くれたよ。まァしかたない。2000円もあれば、しゅうまい弁当が食べられるさ、そう思うとオレの心が踊り、そしてオレの腹が減った。

そんなオレを乗せた新幹線が東京を出た、と思ったら大阪だった。5分だった。恐ろしい勢いで技術は進歩している。新幹線もいつの間にこんな速くなりやがって、と思ったが、オレの胸元に残されていた夥しい量のヨダレ(推定2ガロン)を見るかぎり、どうやらオレが朝からビールを一気飲みして勝手に熟睡しただけの話らしかった。
しかし何てこった、新大阪駅のホームでオレは舌打ちした。車内販売のプリンが食えなかったじゃないか。懸案のしゅうまい弁当も食えなかった。これでは何をしに来たのかサッパリだった。まァ帰りに食えばいいや〜と思いつつ、オレはスキップしながら大阪の街に潜入した。

バアと会うのは何年ぶりだろうか。最後に接見してから、少なくとも3年は経っているはずだった。ババアはその時点で、既にイイ具合にボケていた。まァ普通に世間話だの親類縁者の話だのできないこともないんだが、30秒に1回は「孫のホークだけど」とリマインドしなければ「あっ、あっ、あなたはだれですか〜」ひどく狼狽する。人間こうなったら終わりだな、と思ったものだが、あれから3年経ってもまだ終わってなかった。実にしぶとい。誰かあのババアの息の根を止めろ。
というのも、実はオレとババアの歴史が20数年に渡る抗争の歴史だからだ。理由を書けばまた長くなるし、あまり恥をさらすのも何なのでここは端折るが、とにかく目を合わせることがあれば、次の瞬間には互いの首に爪を立てた指を食い込ませているというぐらいの遺恨がオレたちの間にはあったわけである。しかもそれはオレがまだ幼いころから時間をかけて醸成されたものだったから、これはもうなんとかババアを潰しにかからないことにはオレもマトモな男にはなれまい、と思っていたのだった。
だからそのババアがボケたと聞いた瞬間のオレのやりきれなさ。
例えば、これはもう完全にパンチ・ドランカーと化したカーロス・リベラが雨のなか武道館までやって来て「ジョオ〜 ボクシングしましょ〜 ジョオ〜」とか、ただの汚いルンペンじゃねえか、ああ…あんなに鋭かったジャブが、今じゃこんなに…みたいな心境というか、あるいはこないだFMWのプロレスを見に行ったらウィリー・ウィリアムスが出てきたんだが、そこにはかつてアントニオ猪木と殺気に満ちあふれまくった死合を展開したウィリーの面影はなく、なんか新宿東口の街頭で夜に演奏してるデレクさんをちょっと太らせたみたいになっているのを見て、オレが「ああ…あの伝説の熊殺しが…」と人知れず涙を流した、みたいな心境というか、ま〜た何の話か判んなくなってるぞ。
とにかく判りやすく言えば「ババアてめえ!勝ち逃げすんのかコラァ!」ということなのであった。


まァ徹夜明けで既に狂いはじめていた頭でそんなことを思い出しつつ、しかしまだ午前10時をちょっと過ぎたところだし、これはまだババア直撃には早いなあ。とかボヤきつつカレーうどんを食ったり、週刊宝石を立ち読みしたリ、大阪駅前を通った新日本プロレスのバスを追いかけたりしているうちにそろそろ昼になった。しかしオレは何をやっておるのか。大阪まで来て。
だって大阪まで来た気がしなかったんだよ。5分で着いたし。
そう、大阪に来た気がしなかったんである。午後になって心斎橋にも向かったんだが、ビレッジ・バンガード心斎橋店なんかに行ったもんだから、オレはずっと自分が下北沢にいるもんだとばっかり思っていたぐらいなのだ。梅田では自分が新橋にいるような感触が拭い切れなかったし。
これはどういうことなんだろう、と悩んだが、それはたぶんオレが寝ぼけているからだろう、と思ったら解決した。

うこうするうちに午後になってしまったので、「面倒なことは早め早めに済ます」というホーク48の誓いのひとつに基づいて山手線、じゃねえや環状線に乗った。逆方向だった。まァ久しぶりの大阪だからな、と思うが実は山手線もよく逆方向に乗ります。そんなことはいいんだ。
それでとにかくババアの待つ、いや別に待ってはいねえか、老人ホームに突入した。
職員のお姉さんに案内されて大部屋に通されたのだが、どうも3年前に表敬訪問をした際とは明らかに雰囲気が変わっていた。部屋の雰囲気ではなくてフロア全体の雰囲気が。以前はもうちょっと人の話し声とかババアどうしの喧嘩する声とかが聞こえてそれなりの喧騒があったというのに、それがないのである。もう全然。それでまァ年寄りしかいないしねえ。『2001年宇宙の旅』の最後のほうかと思った。オレはこのまま赤ん坊になって宇宙に漂うんではなかろうかみたいな。
後で聞いた話によれば、どうやら普通の生活が難しくなってきたような人は、5階まである老人ホームの上の方へ上の方へと移されていくらしいんですな。うちのババアがいたのが4階、それであの静けさだから。5階はどんなことになっておるのか。やっぱり異常に背の高い黒人が部屋の中でサングラスをかけて待ってたりするんだろうか。
と、早くも気が滅入ってきたので、とっとと用を済ませて帰ろうと、目の前にいたババアに声をかけた「おうおうおう!」。
ババアは微動だにしない。痩せさらばえて眼もうつろ、3年前に会ったババアとはもはや似ても似つかない別人のようだ。
「ババア…こんなになって…なんてこった…」あまりに変わり果てた宿敵の姿に、オレが声にならない嗚咽を漏らしながら床を拳で叩いていると、職員のお姉さんが「あのー、そちらじゃありません」
オレは頭をかいた。気を取り直して、「おうおうおう!オレだ!孫のホークだ!」ババア(今度は本物)に元気な挨拶をかました。
40秒ほど沈黙が流れた。
だいぶ気まずくなったので帰ろうとすると、ようやく「ありがとうございます…」ババアが口を開いた。ありがとうございますと言われても実際何をしたわけでもなく、ましてや今さっき他所んちのババアにちょっかいを出したばかりのオレとしては困っちゃうのであった。
だがまだその時、オレは気付いていなかったのである。ババアの恐るべき語彙の少なさに。
「やあバアちゃん、会いに来たよ」
「ありがとうございます」
「ひさしぶりだなあ。3年ぶりぐらいかなあ」
「ありがとうございます」
「こないだ来た時はオレまだ働いてたもんなあ」
「ありがとうございます」
「いやね、その会社も、こないだ辞めたんだよ」
「ありがとうございます」
「ところで孫のホークだよ、バアちゃん」
「ありがとうございます」
という会話が25分続きました。
これはもしかして作為的にやってるんじゃないかと思った。
相手の攻撃を全て受け流すことで試合を成立させないという、むかし前田日明がアンドレ・ザ・ジャイアントにやられてブチ切れたというアレか!さすがに老獪じゃねえか…まァ老人だからな!アンドレに技を全部潰された前田はとうとうブチ切れて、大巨人の膝のお皿にマジなキックを叩き込んでいったのだった。結果その試合は前代未聞のセメントマッチとなり、今では幻の裏ビデオとして流通しておるのだが、ええと何の話だっけ、そうオレ的にはさすがにババアをキックするわけにもいかんので、試合続行は不可能との判断を下したのだ。つまり自分でタオルを投げた。ありていに言えば尻尾を巻いて逃げたのである。そんな強敵に一矢報いた場面が唯一あるとすれば、それは最後にオレが「そんならまァ、また来るから」と言ってババアの肩をポンと叩いた瞬間、まさに一瞬の出来ごとではあったが、ババアが「ヒィ」と呻いて心底脅えた表情を見せたときぐらいか。って老人をビビらせてどうすんだよ。ところでなぜビビるんだ。
とにかく短い試合、いや面会であった。むしろそのあと出口がわからず、老人ホームの中をウロウロウロウロしていた時間の方が長かったのである。だってエレベーターとか職員の人に言わないと動かしてもらえないんだぜ。老人に勝手にどこか行かれると困るから。階段も全部施錠してありました。それでなかなか脱出できず、オレはこのままここんちの子になるのかと思いましたよ。で、職員各位に挨拶をして、老人ホームをあとにした。大阪の日射しはやけに強く、また街に出たオレは10分で日焼けしたのだった。
しかしオレは何をしに来たのか。3時間もかけて大阪まで来て(まァ5分で着いたけど)、結局ババアをビビらせただけか。そう考えると何だかやり切れなくなってきたので、心斎橋でビーバス&バットヘッドの本(特価品、250円)およびスチュアート・リトル(しゃべるネズミ、悶絶するほどかわいらしい)の絵葉書(100円)をお土産に買って(何買ってんだよ)新幹線に乗り、またビールをグイグイ飲んで5分で東京に帰ったのであった。

の夜、オレは夢を見た。ババアとオレがマジソン・スクエア・ガーデンで15ラウンドを闘い抜き、精根尽き果て、結局はドロー判定なのだが、最後にはリングの中央でお互いの手を高く掲げ、満場の喝采を浴びる夢を。
実際は激烈に熟睡したので夢なんか見てないんだが、じゃあ嘘を書くな嘘を!



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