To Live and Die in Tokyo : Part 1 of 3
死刑執行人もまた死す



レはマンションのゴミ捨て場の脇に自転車を不法駐輪しています。そんなの自転車置き場に停めたらいいじゃないのと言われたら返す言葉もないのですが、自転車置き場はいちいちお金払って書類書いてステッカーもらって登録しないと使えないんだって。そんな自転車置き場ごときに手間暇かけてられないですよ。金の問題じゃねえ。手間の問題だっ。というわけでせこせこ自転車置き場を利用する暇人どもを尻目に、オレはゴミ捨て場の脇で自由な駐輪ライフを送っていたのです。
それでいつだったか真夏の夜中に帰宅しましたら、ゴミ捨て場の脇に人影があります。見るとどうやらオレの自転車に何かゴソゴソ細工をしている様子。何がやりたいんだコラー!と怒鳴ろうかと思いましたが、オレは紳士なので、どうかなさいましたかと声をかけたのです。
そしたらこの、オレの愛車に細工をしていた男。半袖のYシャツを茶色いスラックスにたくしこんだ七三分けの中年でしたが。この男が振り返るなり、いきなりオレに詰め寄ってきた。
「これ、おたくの自転車?」
中年は何か必要以上にドスを利かせてきた。初手からムカついたので、だったらどうなのよ、と尋ねると「ここに駐輪されると困るんだよ。あんたここの住人?」と中年は吐き捨てる。ますますムカついてきたので、オレは確かにここの住人かもしれないし、これはオレの自転車かもしれないが、だからってどこの誰かもわからん貴様にそんなオマワリのような口を利かれる筋合いはねえんだよ!と言い捨てて、そのまま帰宅して寝ちゃったのであった。しかしこの些細な口論が、のちに大変な事態へと発展するのでした……

んなわけで翌日。前夜の中年との喧嘩なんてすっかり忘れ、オレはそば屋で昼飯をくっていたのです。昼飯といってもすっかり夕方でしたが。今日の晩ご飯は何にしようかなあとか考えながらカレーうどんをズズーなんてやってたら電話がリンと鳴った。いや携帯はリンとは鳴りません。見慣れない番号だ。誰かしらと思ったら
「てらさわさん?」
「そうですが」
「駅前の交番ですが」

中学生のころとかは警官とすれ違うたび、理由もなく目を伏せたものです。いや理由はあった。当時はいろいろと。しかしオレだって大人ですよ。保険料だって社会保険と国民健保と二重に払ってるぐらいだ!表彰されてもいいぐらいだ!しかしいきなり警察から電話が来ると結構ビックリするものですね。
で何の用かと思ったら、「さっきおたくのマンションの管理人さんが来ましてね。えーてらさわさんね、自転車をゴミ捨て場の脇に停めてますよね?」オレは思わずお箸を落とした。カレーうどんの汁が撥ねた。オレは黄色い汁がTシャツに染みを作るのを見ながら、この時やっと昨夜の中年がマンションの管理人であったこと、そして自分が奴に吐いた言葉を思い出していた。
「貴様におまわりのような口を利かれる筋合いはない!」。これが奴に絶好のヒントを与えてしまったんですね。確かに自分は管理人であって警察官ではない。ならば本物の警察官を出すしかないと……
警官が言うには、管理人は猛暑の中、鍵のかかった自転車を引っ張って交番までやって来たらしい。そしてオレの暴虐を涙ながらに訴え、さらに自転車の防犯登録証から、オレの住所氏名を割り出すよう依頼したと。ていうかオレの住所は知ってるだろう!管理人よ!貴様が管理してるマンションの住所だよ!大丈夫か!
で管理人が交番にオレの自転車を置き去りにしていったので、すぐに取りに来てほしいと警官は言った。しかるのちに駐輪場の登録をすぐやってほしいと。えーもうめんどくさいからいいっすよ、自転車はミャンマーに寄付してください。と言ったら怒られた。そんなわけで夜中の1時過ぎ、交番から自転車を引き取って帰ってきたのです。しかしだんだん腹が立ってきた。おまわり紛いの偉そうな口を利いたその翌日、いきなり本物の警察を介入させるこの腐った根性。もう許せん!

レは猛スピードで疾走する自転車にまたがり、すでに灯りの消えた管理人室に突っ込んだ。実際には1度自転車を降り、マンションの玄関をよいしょと開けてから再度自転車にまたがって管理人室の呼び鈴をジリリリリリリリと鳴らしまくった。「出てこい!」留守だった……

ふと見れば貼紙があった。「管理人室の受付は8:30〜5:30です それ以外の時間にご用の方はxx-xxx-xxxxまでお電話下さい」おう電話しようじゃねえか!この野郎!もしもし!もしもし!呼び出すこと約4分、誰も出なかった……

こうなったら早起きしかない!普段何があっても決して9時前には起きないオレは、翌朝8時シャープにヘッドスプリングで跳ね起きた。何がオレをそこまで駆り立てたのか。決まってるだろう、あのやろうと白黒はっきりつけるためよ!

「貴様!」
駐車場で呑気に水をまいている敵に向かい、オレは全力疾走した。
「あ、おはようございます」
「おはようじゃねえんだよ貴様!シールよこせ!」
「えっ、シール」
「駐輪場のシールだよバカ野郎!」
「500円です」
オレは右手に握っていた500円玉を投げた。汗ばんだ管理人の額に、500円玉がぴたりと張りついた。朝の日射しを受けてコインが光った。
「それからなあ、言いたいことがあれば直接オレに言え!おまわりなんか差し向けやがって、この野郎……!」オレは歯ぎしりした。
「いや、私は管理人で、おまわりさんじゃないんでね」管理人はそう答えるとにやりと笑い、額の500円玉をはがしてポケットに入れた。
「笑うんじゃねえ、いいか!これは貴様に金を払ったんじゃねえ、駐輪場に金を払ったんだ!」

もはや何を言っても負け犬の遠吠えでしかなかった。どこでこうなってしまったのか。何が何でも絶対に叩き潰すつもりだったのに!やっぱりいきなりシールくれって言ったのがまずかったよ……
で結局、シールは貰ったんですけど駐輪場に空きがないとか抜かすので、オレの自転車は今でもゴミ捨て場の脇に停めてあるのです。何だったんだろう、この話……




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